ふらっとでかける山手散策



横浜市イギリス館。昭和12年(1937年)に英国総領事公邸として建築された当時の大英帝国の
風格をよくあらわしている建物です。昭和44年(1969年)に横浜市が買い取り、
平成14年(2002年)からは、一般見学も出来るようになりました。



山手111番館。J.H.モーガンの設計により大正15年(1926年)に、アメリカ人J.E.ラフィン氏の住宅として
現在地に建てられた、スパニッシュスタイルの赤瓦と白い壁が美しい西洋館です。



山手111番館の庭園から見えるイギリス館。



山手外国人墓地。この日は中に入ることは出来ませんでした。



山手聖公会。文久3年(1863年)居留地(山下町)の105番地に、
急勾配の切妻型屋根にアーチ窓の建物が建ったのが初代のクライスト・チャーチ。
後に現在の場所に移転して、尖塔を持った煉瓦造のゴシック様式の教会がコンドルの設計によって建てられました。
これも震災で倒壊したため、アメリカ人建築家 J.H.モーガンの設計で現在の建物が建てられました。



エリスマン邸。「現代建築の父」と呼ばれたA.レーモンドの設計で大正15年(1926年)に山手127番地に建築された、
絹糸貿易商会支配人エリスマンの私邸。平成2年(1990年)に、元町公園に移築復元されました。



山手234番館。朝香吉蔵の設計により昭和2年(1927年)頃に建築された外国人向けの共同住宅です。
従来は4つの同一形式の住戸が中央の玄関ポーチを挟んで、左右対称・上下にありました。



ベーリックホール。イギリス貿易商B.R.べリック氏の邸宅としてJ.H.モーガンの設計により昭和5年(1930年)に
建てられました。スパニッシュスタイルを基調とし、戦前の山手外国人住宅としては最大規模を誇る、
建築学的にも充実した価値のある建物です。



フェリス女学院大学音楽学部。山手キャンパスと尾根道を挟んで中・高と同じ石川町側にあります。
ホールにはパイプオルガンもあり、卒業研究作品あるいは演奏が良かったと認められた学生が
このホールでの演奏会の舞台に上がることができます。




カトリック山手教会。結婚式の準備中にお邪魔させていただきました。



フェリス女学院大学の門。山手教会のすぐ脇にあります。石川町駅から通う人はこの門から入ることになります。



新しい邸宅。



外交官の家(下記に説明あり)を背面から写したもの。



ブラフ18番館。大正末期に建てられた外国人住宅で、カトリック山手教会の司祭館として平成3年(1991年)まで使用されていました。
平成5年(1993年)にイタリア山庭園内に移築復元され、館内では当時の横浜家具を復元展示しています。



イタリア山庭園から見えるパークスクエア横浜という高層かつ高級なマンション。
横浜市の定めた第7種最高限高度地区である絶対高さ制限(31m)を超える総合設計での許可に際して、
当時の建築審査会ではイタリア山庭園からの景観および眺望を壊すのではないかと、疑問を呈した方もおられたようです。



外交官の家。明治43年(1910年)に明治政府の外交官、内田定槌邸として、アメリカ人建築家J.M.ガーディナーの
設計により東京都渋谷区南平台に建てられたアメリカン・ヴィクトリアン様式の建物です。平成9年(1997年)に
イタリア山庭園に移築されました。


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