現代日本の集合住宅作品の言説における「コミュニティ」


目次
第1章  序論:研究の目的・概要および方法
 1節  研究の目的と概要
  1-1  研究の目的
  1-2  研究の概要
 2節  研究方法
  2-1  資料について
  2-2  研究方法について
       一般における「コミュニティ」の意味
第2章  集合住宅における「コミュニティ」の意味内容
 1節  「コミュニティ」の意味内容の広がり
 2節  「コミュニティ」の意味内容
  2-1   人的・社会的な意味内容
  2-2   空間的な意味内容
  2-3   空間的な意味と人的・社会的意味を同時に含む用法
  2-4   その他の意味内容
 3節   集合住宅における「コミュニティ」の意味内容の傾向
第3章  「コミュニティ」に関する言説の主題
 1節  集合住宅における「コミュニティ」に関する言説の主題
 2節  言説の主題にみる「コミュニティ」に対する認識・視点
  2-1   集合住宅の内在的条件の認識に基づく主題
       集住・共同体のあり方
       場の形成の意図
  2-2   集合住宅を環境的視点から位置づける主題
  2-3   集合住宅の構成的視点を示す主題
  2-4   システム・制度に関する主題
  2-5   「コミュニティ」を主題をすることに批判的立場をとる言説
       同一論説における「コミュニティ」に関する主題の広がり
第4章  結論:現代日本の集合住宅における「コミュニティ」
       あとがき-集合住宅と「コミュニティ」に関する考察
   別冊  および資料


第1章  序論:研究の目的・概要および方法

1節  研究の目的と概要

1-1  研究の目的
 

 集合住宅は、住戸が集合することにより、単に物的な環境だけでなく、人の集合による社会的環境をも形成する。事実、集合住宅の設計に際して、一般的には地域社会、共同体などの意味である「コミュニティ」という語が、言説中のキーワードとして多く用いられている。しかしこれら言説上の「コミュニティ」は一義的に社会的な意味だけを表しているとは言えず、また「コミュニティ」を用いて語られる主題も多様な広がりをもっていると思われる。そこで本研究では、集合住宅作品の設計者自身による論説を資料として、「コミュニティ」の意味を前後の文脈から求めるとともに、「コミュニティ」に関する言説の主題を明らかにする。

 

1-2 研究の概要
  
第1章ではここまで本論文の目的について述べてきた。ここでは、以下この論文の概要について説明する。
 続く第1章2節ではこの論文で扱った資料および本論文での分析方法について述べ、「コミュニティ」という語が集合住宅作品の設計において重要な位置を占めてきたことを確認する。
 第2章では、集合住宅の言説の中で「コミュニティ」という語がどのような意味内容で用いられているかを検討することから、大枠として対極的な2つの意味内容とその間に連続的に分布する意味内容の構図を描く。その上で具体的な内容をそれぞれの枠組みごとに述べることで、集合住宅設計における「コミュニティ」の意味内容の広がりを見るとともに、第3章での言説における主題を検討する下地をつくる。  第3章では、「コミュニティ」が用いられている言説の主題を抽出し、それらを比較検討することから大枠として5つの主題の枠組みを見いだし、それらの枠組みと2章で検討した「コミュニティ」の語の意味内容との間の対応関係をみた。またそれぞれの枠組み同士の関係を考察する。
 第4章では、ここまで得られた内容を総括し、集合住宅設計の中で設計者の「コミュニティ」に関する思考がいかに展開してきたかを述べ、さらにこれが意味するところを考察しこの研究の結論とする。

2節 研究方法

2-1 資料について
 本研究では、一般建築ジャーナリズムを、建築家の最も自由で活発な表現領域であるという前提にたち、これらの中から最も代表的と思われるものの一つであり、しかも長期にわたって継続的に発行され、発行部数も比較的多い『新建築』および『新建築住宅特集』に戦後(『新建築』については1946-1996年、『新建築住宅特集』については創刊以降1985-1996年)掲載された論説を対象とした。本論文では集合住宅の設計に際しての「コミュニティ」に関する思考を明らかにするという目的から、設計者による集合住宅作品の発表に伴う論説の中で、単独、複合語(コミュニティスペースなど)に限らず、何らかの形で「コミュニティ」という語が使われている論説を資料とした。
 ここでは、集合住宅作品の範囲として、狭義に称される集合住宅あるいは積層住宅のほか、寮や社宅、戸建て住宅団地、またこれらに該当する未完のプロジェクトや誌上の特集を含んでいる。その中で、集合住宅設計と「コミュニティ」との関係を取り扱う本研究の目的から、配置図のみが示されたような地域計画や、再開発などの大規模な複合施設のごく一部を構成するものを除いた。また、論説の範囲としては、解説文、作品解説、対談を対象とし、全体計画を統括した建築家の論説を含めている。その際、論説数は作品を単位として数えることを基本としながら、複数の作品に対してかかれた1編の論説はこれを例外として扱った。すなわち、論説の種類(解説文、作品解説、対談)に関わらず、同時に発表された単数あるいは複数の同一設計主体(共同設計を含む)による作品に際したひとまとまりの論説を1編の論説として扱っている。
 その結果、集合住宅作品における「コミュニティ」に関する論説として105の論説を得た(表1、別冊)。以下、本論文では資料リスト(表1)に示したように通し番号(論説番号)をもってあらわすこととする。
 また、ここで「コミュニティ」という語が使われている論説の全体に占める割合をここで示す。対象とした論説のうち、総戸数5戸以下の集合住宅作品における論説には「コミュニティ」という語が用いられていなかった。資料範囲における総戸数6戸以上(寮においてはすべて)の集合住宅作品(戸数以外の資料範囲および定義は前述の通り)は全424であり、このうちの103(ここでは作品として他の該当資料と重なる対談1と全体を統括した建築家の言説1を該当論説数105から除いた)は全体の24.3%にあたる。

 次に、表2に基づいて、これらの年代的な傾向を示す。「コミュニティ」という語が、資料として初めに現われるのは1955年2月発表のものである。集合住宅において「コミュニティ」が多く使われるようになったのは1960年代からであり、また、集合住宅作品数、該当論説数ともに1970年代に大きく増えている。

表2 「コミュニティ」の用いられた論説の年代的推移

発表年

該当論説数

対象作品数

割合(%)

1946-49

0

11

0

1950-59

3

33

9.1

1960-69

5

12

41.6

1970-79

25

59

42.3

1980-89

25

124

20.2

1990-96

45

185

24.3

合計

103

424

24.3

2-2 研究方法について
 本論文では、資料とした集合住宅作品における「コミュニティ」に関する論説について、「コミュニティ」が用いられている部分における文章の内容を検討し、内容のまとまりとして見いだされる部分を、集合住宅作品における「コミュニティ」に関する言説として抽出している。その際、1つの論説に複数の複数の「コミュニティ」に関する主題を読みとることができる場合には別々の言説として扱った。(資料ではこの項の中で後述する見出しにおいて番号を冠し、図2図3では論文番号のあとにハイフン<->に続けて番号を付した)。その上で105の論説から言説を得られた171の「コミュニティ」に関する言説に関して図1に示すように、KJ法に基づいて「コミュニティ」の語の意味内容と、言説の主題をそれぞれ比較検討した。
 なお比較検討に用いたKJ法とは民族地理学の分野で川喜田二郎氏によって考案されたものとして知られており、何らかの問題提起から状況把握、そしてそれらに対する解決のプロセスまでの一連の方法を言う。ここではその中で、ある問題をめぐって問題のあり得る情報を集め、定性的データとし、意味の分かるような全体像とするまでのプロセスを狭義でのKJ法としている。川喜田二郎:KJ法、発想法、続発想法(中央公論社)。その中でKJ法は意味内容の見出し付けによる要約と、それらを内容の類似に基づいて配置した図解を特徴としており、前述の見出し付けによる言説の抽出におけるまとまりの切り分けもこのKJ法による検討プロセスの初期の1段階として位置づけられる。

図1 分析例

5

桜台コートビレッジ計画

内井昭蔵

6803

傾斜地利用の集合住居

抜粋

コミュニティの意味

主題

敷地全体にプライベート・スペースを配し,それぞれのプライベート・スペースの見合うところにコミュニティスペースを構成することにより,独立性と連帯性を確保することを主眼とした.



空間の性格▲

 

▲コミュニティスペースによる連帯性の確保を主眼

今日コミュニティを形成する重要な要素は子供であろう.通路と階段は循環させ,広場を視線の集まるところに配置し,安全なしかも子供にとって魅力あるスペースを確保した.

住民の連帯性△

△コミュニティ形成に重要な子供に魅力的な外部空間を確保


補 一般における「コミュニティ」の意味

国内一般での「コミュニティ」
1)共同生活が行われる一定の地域。地域社会。共属感情を持つ人々の集団2)一定の地域に居住し、共属感情を持つ人々の集団。3)アメリカの社会学者マッキーバーの設定した集団の類型。家族・村落など。4)生態学で言う生物群集(広辞苑)

英単語のcommunity
1(村落や都市など)ある一定の場所に住む人々:その地域自体<地域社会> 2(各種の植物や動物など)共生し、かつ生活上のいろいろな必要から相互に依存している、自然な群れ 3利害を共通にし、いっしょに生活している人の集団(a community of monks 修道士たち) 4一般民衆:PUBLIC<公衆 大衆> 5共有あるいは共同関与 6LIKENESS<類似>(a community of ideas 考えの共通性)(ウェブスター英英和辞典)

社会学用語としてのコミュニティ
社会学用語としてのコミュニティについては、ヒラリーによる研究があり、コミュニティの定義がなされている94冊の社会学研究書を整理した上で、「人々がコミュニティの中に包含されているという意味以外には、コミュニティの本質について完全な一致を見るものは何もない」としながらも、おおよそ、社会的相互作用、地域性、共通の紐帯のうちのいくつかの要素をもった社会集団として認知されているとしている。特に、94の定義中、91の定義は、「社会的相互作用」をコミュニティの不可欠の要素だとしている(G.A.Hillery, "Definitions of Community: Areas of Agreement", Rural Sociology Vol.20,1955, p.119.)。この研究は、筆者の見る限りにおいて、社会学の用語辞典や、コミュニティに関する社会学の解説書におおく取り上げられている。


第2章  集合住宅における「コミュニティ」の意味内容

1節  「コミュニティ」の意味内容の広がり

この章では、集合住宅の論説の中で「コミュニティ」を用いて語られている部分に注目し、そこでの「コミュニティ」という語がもつ意味内容をKJ法を用いて比較検討した。その結果、「コミュニティ」の意味内容として、大枠、空間的な意味内容と、人的・社会的な意味内容が見いだされた。人的・社会的意味には、限定された「人の集合」そのものを指すものと、「集団の性格・相互作用」を含む意味のものがあり、空間的な意味には、「空間のまとまり」を指すものと、「空間の性格」を意味づけるものがみられた。また、空間的な意味と人的・社会的な意味を同時に含む言葉として「コミュニティ」が使われる場合や、空間的、人的・社会的のどちらでもないものもみられた。以下ではこのまとまりごとに具体的な意味内容を考察する。
   これらの意味内容の関係を図示したものが図2である。それぞれの用例における数字は「コミュニティ」に関する論説の通し番号であり、その後ろハイフン(-)に続く数字は複数の言説を抽出した場合に記した。この複数の言説を抽出する過程は3章の検討において行ったものであるが、指し示す「コミュニティ」がどの箇所で用いられているかを示すために3章における表記と同じ方法を採ったものである。また図2に基づいて得られた「コミュニティ」の意味内容を記号化し、以下の表、図および本文中において用いている。

2節  「コミュニティ」の意味内容

 この節では、KJ法を用いて「コミュニティ」の意味内容を比較検討した結果を図示した図2をもとに「コミュニティ」の意味内容の広がりを論考する。

 

表3「コミュニティ」の意味内容

意味内容

言説例  括弧内の数字は図2中に準ずる










■空間のまとまり
(20論説)

1モヂュールで自立できる環境として考えた場合これを数列構成して1コミュニティとする(10-4)
車はコミュニティ内へは入れず,歩車道は完全に分離する(15-3)

▲空間の性格
(40論説)

ヒューマンなコミュニティ・スペースとなる東西ふたつの中庭を囲む配置をとった(52-1)
コミュニティとプライバシーのバランスを規模は小さいながらもとろうとしている(83)

★空間的かつ
人的・社会的
(11論説)

生活と空間との断絶を埋めたい,コミュニティをつくろうという希望の噴出(14-1)
団地内外のコミュニティ融合を生活機能の上でも,空間の上でも積極的に図る(34-1)

△集団の性格
・相互作用
(62論説)

カーポートはコミュニティの場でもある(25)
コモンを持った住宅地はどうやってコミュニティ意識が生み出されるような環境をつくるかという手法であるのだから(58-1)

□人の集合
(15論説)

小さな杜はこのコミュニティの共有の庭であり,隣人相互の連繋に役立つことと思う(39)
団地内において健全なミックスドコミュニティを実現するための型別供給を行うこと(46-1)

  ☆どちらでも
  ないもの
  (9論説)

コミュニティの立場から1965年に住宅都市の計画ペアシティを提案した(14-1)
しかしコミュニティという言葉すらすっかり手垢にまみれてしまった(87)

  註:全105作品において該当する論説数を括弧内に示した。

 

2-1人的・社会的な意味内容
 人的・社会的な意味内容としては、意識や相互作用を前提とした社会および住民の社会的相互作用を示す、「集団の性格・相互作用(図2中△)」を含む意味内容のものと、「住民の集合(同□)」そのものを示しているものとがあった。
 「集団の性格・相互作用(△)」を含む意味内容のものとしては、地域社会や共同社会、共同体とも訳せるような「意識や相互作用を前提とした社会」を指すものと、より抽象化された「住民の社会的相互作用」示すものがあり、この2者は意味内容として互いに連続するものであった。
 「意識や相互作用を前提とした社会」は前章で確認したような「コミュニティ」の一般的な意味内容に対応するもので、「地縁的コミュニティ(14-2)」、「農村をモデルにした閉鎖的なコミュニティ(44-1)」など、概念上に示された社会類型、「この住区とのコミュニティ形成を意図(41-2)」や「将来コミュニティが成熟する段階で(101-2)」のような社会としてのまとまり、「階段ごとに培われたコミュニティはモールに降りてくることでより大きなコミュニティに変わり(78)」など多段階に示された住民の集合および連帯性、といったものがここに含まれる。
 一方、「住民の社会的相互作用」としたものは、前章で確認したような「コミュニティ」の一般的な意味内容よりも、より抽象化または意味内容が希薄化したものとみなせるもので、「コミュニティ意識(74358-1818596)」 や「コミュニティ生活(14-124-434-135-2)」といった複合語や、「コミュニティが生まれる(6667102)」など相互作用や雰囲気を示すような表現、「コミュニティの場(11-4172575)」などがここに含まれる。ここでいう「場」とは「精神現象や社会現象の生起する全体構造または状況を、相互作用の観点からいう語(広辞苑)」を指しているものと捉えられ、「コミュニティ」は場における精神現象や社会現象を指しているものと位置づけられる。
 以上は「集団の性格・相互作用」を含んだ意味のものとしてまとめられ、全105論説中62論説において、これに該当する「コミュニティ」がみられた(表1および表3)。
 なお、「コミュニティ意識」については概ねこの内容として位置づけられたが、文脈により、社会や空間に対する認識(55-2)や、自らの帰属する空間であるという意識(65-2)として位置づくものがあり、これらはそれぞれ他の枠組み内に位置づいた。
 「住民の集合(□)」そのものを示すものとしては、「このコミュニティの共有の庭(39)」や「今後コミュニティの希望に応じて(14-4)」など集合住宅内に住む住民の集合それ自体を表すものや、「ミックスドコミュニティ(44-146-1)」といった住民の社会構成を表す際の住民集合などがこれに該当する。また「コミュニティの決まり(60)」、「コミュニティのまとまり(62)」のように、作用や性格が「決まり」「まとまり」というように別途述べられているものもこれに該当する。これら「住民の集合」そのものを示す「コミュニティ」は、全105論説中15論説においてみられた(表1および表3)。

2-2空間的な意味内容
 空間的な意味内容としては、建築空間や外部環境などの「空間のまとまり(図2中■)」を指すものと、「空間の性格(同▲)」を意味づけるものがあった。
 「空間のまとまり(■)」を指すものとしては、「建築空間のまとまり」、「地域・領域的まとまり」、「住環境」およびこれに類する意味内容が挙げられる。
 「建築空間のまとまり」を指すものとしては「1モデュールで自立できる環境として考えた場合これを数列構成して1コミュニティとする。1コミュニティは20戸くらいで(10-4)」のような建築の構成単位や、「車はコミュニティ内へは入れず,歩車道は完全に分離する(15-3)」にみる集合住宅の占める領域、「リゾートコミュニティ(15-115-5)」や「マイコミュニティ(65)」など集合住宅そのものや、それがつくる空間のまとまりなどがこれに該当する。
 「地域・領域的まとまり」に類するものとしては、「1万人の市街地のコミュニティをひとつの連結した空間に組み立て(4)」のような都市空間や、「既存の団地はとても落ちついた雰囲気で,ひとつのコミュニティを形成しながら周りの街並みとも連続感を持っていた(84)」のような空間のまとまりを指すものが挙げられる。
 「住環境」には、「コミュニティとは単なる住戸の集合ではない.人々がそこに住まうことによって,新しい活動が生まれ育まれる住環境である(48)」などが当てはまる。
 これら「空間のまとまり」を指す「コミュニティ」は、全105論説中20論説においてみられた(表1および表3)。
 「空間の性格(▲)」を意味づけるものとしては、「コミュニティというようなスペースのよどみ(28)」や「最もプライバシーの高い空間を巡る関係をコミュニティと呼ぶ(77-2)」、「コミュニティとプライバシー(5-283)」といった独立した単語として空間の性格を表した「コミュニティ」と、複合語の中で「コミュニティ」が空間・施設の性格を表すものがある。
 複合語の中で「コミュニティ」が空間・施設の性格を表すものとしては、「コミュニティ施設」や「コミュニティスペース」、「コミュニティ道路」、「コミュニティ空間」、「コミュニティ環境」などがこれに当たる。これらは「共有の」、「地域社会のための」、「住民同士の社会的相互作用を生み出すような」などといった、空間・施設に対する形容詞的意味あいを持っていると考えられるが、その意味内容はこれらにおいて互いに連続しており、ひとまとめのものとしてこれをあつかった。また「コミュニティコア(53101-1)」、「コミュニティ・プランニング(5-1)」なども文脈上、空間の性格を表すものとしてここに位置づいた。
 これら「空間の性格」を意味づける「コミュニティ」は、全105論説中40論説においてみられた(表1および表3)。

2-3空間的な意味と人的・社会的意味を同時に含む用法
 「空間的かつ人的・社会的(図2中★)」な意味を同時に含むものとしては、「そして生活と空間との断絶を埋めたい,コミュニティをつくろうという希望の噴出(14-1)」など集合住宅の建築と住民社会の双方を指す「共同体・集住体」と「団地内外のコミュニティ融合を生活機能の上でも,空間の上でも積極的に図ることである(34-1)」など地域の空間と社会双方を指す「地域・社会」がある。
 これら「空間的な意味と人的・社会的な意味を同時に含む」「コミュニティ」は、全105論説中11論説においてみられた(表1および表3)。

2-4その他の意味内容
 空間的、人的・社会的の「どちらでもないもの(図2中☆)」としては、「しかしコミュニティという言葉すらすっかり手垢にまみれてしまった(87)」など言葉のみを指すもの、「いわゆるコミュニティとか(33)」など言われている内容として再帰的に定義されるもの、「コミュニティの立場(10-1)」、地域の限定を指す(これは空間的とは異なる)「コミュニティ情報(9-1)」が該当する。これら「空間的、人的・社会的のどちらでもないもの」は、全105論説中8論説においてみられた(表1および表3)。

3節   集合住宅における「コミュニティ」の意味内容の傾向

集合住宅の論説の中で「コミュニティ」を用いて語られている部分に注目し、そこでの「コミュニティ」という語がもつ意味内容を比較検討した。その結果、「コミュニティ」は、人的・社会的な意味に加え、設計行為を前提とした空間的な意味(■、▲、★)においても用いられる語であることがわかった。また、「コミュニティ」を「空間の性格」(▲)および「集団の性格・相互作用」(△)といった意味として用いた言説が多く、空間や人の集合を性格づける言葉として多く用いられていることがわかった。


第3章  「コミュニティ」に関する言説の主題

1節  集合住宅における「コミュニティ」に関する言説の主題

 この章では、「コミュニティ」が用いられている言説の主題を抽出し、それらをKJ法を用いて比較検討することから主題の枠組みを見いだし、前章の「コミュニティ」の意味内容との対応をみた。その結果、主題のまとまりは、「コミュニティ」と集合住宅との関係を設計者かがどう捉えるかという認識あるいは視点の水準における大きな枠組みとして見いだすことができた。それらはすなわち、集合住宅の【内在的条件の認識】に基づく主題、集合住宅を【環境的視点】から位置づける主題、集合住宅に対する【構成的視点】を示す主題の3つの大きな主題の枠組みと、コーポラティヴ方式など集合住宅における【システム・制度】に関する主題、また、「コミュニティ」を集合住宅設計の主題とすることに批判的な立場をとる主題のまとまりである。以下ではこの枠組みごとに具体的な主題について考察する。
 これらの主題の関係を図示したのが図3である。それぞれの主題における数字は「コミュニティ」に関する論説の通し番号であり、その後ろハイフン(-)に続く数字は複数の言説を抽出した場合に記した。また、図3中の記号は2章で検討した「コミュニティ」の語の意味内容を図2や、表1および表3で用いたものと同じ記号を用いて表したものである。 

2節  言説の主題にみる「コミュニティ」に対する認識・視点

ここでは、図3をもとに、枠組みとして見いだされた主題の内容について考察する。

2-1集合住宅の内在的条件の認識に基づく主題
 <集住・共同体のあり方>や<場の形成の意図>といった、集合住宅のもつ、ひとまとまりの空間を形成する住戸の集合であること、および集まって居住することに対する意味の認識において集合住宅およびその空間を考える、集合住宅の【内在的条件の認識】に基づく主題としてまとめられるものが見いだされた。この主題のまとまりは、これに該当する言説が最も多く、集合住宅における「コミュニティ」に関する主題として主潮をなしているものといえる。
 <集住・共同体のあり方>において、「集合住宅をもって、コミュニティの形成を目指すことを、長期の見通しとする。これにはメンタルの課題も含まれる(66)」など「コミュニティは集合住宅設計における普遍的な課題(596693)」のひとつだとするもの、「コミュニティ生活の場としての質は集合住宅のクライテリア(35-2)」、「コミュニティなどの集合の価値の認識が重要(23)」、「意図するコミュニティを期待し、次への指針としたい(16-2)」、および「コミュニティスペースを生かし、育て上げていくのは、居住者自身である(8-5)」など「住民の活動があってコミュニティが成立していく(8-574)」とするものは、「コミュニティを集合住宅の課題・評価軸とする」ものとして括ることができる。また、「本来、共用部分をみんなで使うことでコミュニティが形成されるハウジング体を「共同住宅」と呼ぶべきである(68)」など「共有地や共有空間・施設によってコミュニティ・コミュニティ意識が生ずる」(10-84368102)とするものや、「今後、コミュニティの希望に応じてさらに洗濯室乾燥室、パントリー、厨房、子供図書館などの増設ができる空間が用意されている(14-4)」、「閉鎖性、孤独感を廃し、社会としての連帯性を図るために、経済性から考えると不利なスペースである共用部分を50%近く採り、屋内の公園としてのコミュニティゾーンの充実を図った(19-1)」といった「共有空間・施設の重視・拡充(14-419-170)」について述べたものも、集住・共有することの価値やあり方を提示しているといえる。
 また、「生活と空間との断絶を埋めたい、コミュニティをつくろうという希望の噴出が、我々の提案を必要とする時期であると考えてきた(14-1)」や、「複雑な諸要因で、日常の都市生活の中に作り出すことの困難な、理想のコミュニティを実現したいと考え続けた(15-1)」など、「考え続けてきたコミュニティづくり(10-114-115-1)」にまとめられた、「コミュニティ」を建築と社会を一体化させたものとして、テーマの継続性と、理想としてのコミュニティのあり方を強調する主題、「コミュニティは幻想かもしれないが期待する(13-214-2)」という態度を述べたもの、「全体計画が完了することによって、単なるリゾート団地でなく、充実したリゾートコミュニティとなることを願っている(15-5)」や、「この住居が高度な理念を支えられた福祉施設なのか、ただ単に老人のための高級マンションにすぎないのかはこの建物の運営とサービス精神がいきいきと作用してひとつのまとまったコミュニティとして躍動し始めたときに判明することになろう(19-2)」というようにコミュニティを単なる集合住宅を越えた存在として位置づけ、「単なる集合住宅でないコミュニティになるだろう(15-519-1)」とする希望、予測を述べたものがあった。これらは「コミュニティ」を空間・建築に即して捉え、集住のあり方をより作品に引きつけて述べたものだといえる。これらは70年代にみられ、空間の共有や施設機能により統合された、集住のあり方を示している。
 これに対して、「<閾>によって閉ざされた空間、つまり最もプライバシーの高い空間を巡る関係をコミュニティと呼ぶ(77-2)」や「コハウジングのコミュニティに対してC、P、Sという概念を用いたモデル化を試みたが、このCPS概念はコミュニティ内の住戸のモデル化にも適用できることがわかる(103)」のように「コミュニティ」という言葉をより抽象的な論理の中で用い、「空間の配列モデル(77-2103)」を引き出すひとつの概念としている例がある。これらも抽象化した水準において、「コミュニティ」を空間的な概念として論じている。
 また、「この<山>という見立てはまた、コミュニティ再構築に機能する集合住宅は終の住処に耐え得るものでなければならないことを、永遠にそこに動かざる<山>に託して表明している(82-3)」や、「マンションはコミュニティであらねばならない。いずれにせよ価値観を共有する個の集住が、理想的なコミュニティを形成するのだ。そのためにも空間は没個性であってはならない(99)」といった「空間や外形全体にコミュニティ構築の意味を重ねる(82-399)」主題がみられた。これに該当する言説がみられた論説番号82では、「コミュニティ再構築と、家族、住まい方(82-1)」を主題として認識を示している。
 これらに加えて、これらと「独立住宅と同質の空間構造を目指す(263858-2)」もの、「混合型住民構成をテーマにした」もの(41-146-1<これら2つは行政側からの設計課題として>、94-1)を合わせ、以上は「集合して居住すること」という、<集住・共同体ののあり方>を追求することを集合住宅設計の内在的な条件とする認識を示したものと言える。
 次に示す<場の形成の意図>もまた、集住することに着眼点をおいた住宅設計の内在的条件の認識に基づく主題を形成するまとまりとして見いだされた。その中で中心をなすものが、作品中の共有・「共用空間に住民の連帯を意図(計27言説)」したことを述べている主題である。対象となる部分は中庭がもっとも多く(174061-267104105)、外部空間(5-38-23971)、コモン(共有地)(495358-185)、通路など(29-273)、広場(15-42262)、施設・配置構成(710-711-211-475-1)、シンボル(27-434-3)となっている。これら「共用空間に住民の連帯を意図」していることの表現としては「コミュニティ」を「集合の性格・相互作用」の意味に用い、共用空間が「コミュニティの場となる」、または共用空間が「コミュニティの形成」、「コミュニティの発生」を誘導することを示すものと、コミュニティスペースなど空間を指す際に「コミュニティ」を用いて、その機能として住民の連帯を語るものが多い。また、「中庭をコミュニティスペース・コミュニティ空間とした(52-16398-2)」は内容は希薄であるが、これらに準じたものと捉えられ、一義的には空間の共有や性格を表わした「コミュニティ」に集団の性格・社会的相互作用の意味を重ねたものとみることができる。
 また「施設の集中配置に住民のまとまりを意図(711-4)」したもの、「街路から主要通路を通って専用庭、住戸へと徐々にプライベートの度合いを高めるように方向づけた空間構成も、新たなコミュニティを形成することを容易にする(47)」としたものは、ある空間の構成に、住民の連帯を意図したものがある。ただしこの構成は、構成的視点として後述する主題に比べ、空間同士の関係といった視点よりも、場の性質としての側面が強いと考えられる。
 これら空間が住民の連帯を生じさせるとする根拠はすべての言説において示されているものではないが、概ね、「道や小さな杜はこのコミュニティの共有の庭であり、隣人相互の連繋に役立つことと思う(39)」のように空間を共有することや、「団地住民のお互いの出会いの場を提供することにもなり、住民のコミュニティ意識を自ずと育て(7)」のような人のあつまり、「このコモンは住棟で囲まれたコモンで、この団地に生活している人たちの領域感をもっている。ここは誰でもが自由に利用できる公共空間と、特定の人しか入れない私的空間の中間的空間で、集会場とともにコミュニティ活動や意識の醸成に役立ち(49)」のような空間のつくる領域感といったことに集約される。
 一方、「中庭の演出は入居者にマイコミュニティ意識を強くアピール(65-2)」すると考えるものや、「街区単位のコミュニティ形成が可能な形(98-1<設計課題>)」というものは住民同士の連帯よりもむしろ、住民の空間に対する領域感、認知の在りようを示すものと考えられる。
 これに、「駐車場にコミュニティを意図して外構を重視(16-125)」や、「コミュニティとは単なる住戸の集合ではない。人々がそこに住まうことによって、新しい活動が生まれ育まれる住環境である(48)」など「住環境の細やかなデザイン(2948)」といった環境整備的でもある主題を含め、これらは<場の形成の意図>としてまとめられた。ここでの「場」とは「精神現象や社会現象の生起する全体構造または状況を、相互作用の観点からいう語(広辞苑)」としての意味を広く用い、住民間の相互作用に加えて、空間が人に及ぼす作用も含めて用いたものである。  この<場の形成の意図>もまた、集合住宅、計画地の範囲と一致した範囲で人のまとまりを捉え、住民の連帯を意図する主題、または集合住宅のもつ空間のまとまりを住民に認知させることを意図する主題であったことから、集合住宅の、空間のまとまりを形成する住戸の集合であること、および集まって居住することといった属性に対する意味の認識において集合住宅およびその空間を考える、集合住宅の【内在的条件の認識】に基づく主題の枠組みを<集住・共同体のあり方>とともに形成するものとしてまとめられた。これらの主題は2章で検討した「コミュニティ」の語の意味との対応をみると(図3)、全体の6割の言説において「コミュニティ」を「集団の性格・相互作用(△)」を含む意味として用いたものがみられ、最も多くの言説がこれに該当した。

2-2集合住宅を環境的視点から位置づける主題
 <住環境・緑地空間の整備・向上>や住環境の貧困・悪化の認識、周辺道路に対する認識など、【環境的視点】から集合住宅を位置づける主題としてまとめられるものが見いだされた。
 <住環境・緑地空間の整備・向上>においては、「通常の建て売り住宅とは異なり、積極的なコミュニティの創成と環境の調整を目的とした住宅であって、CEDと命名されている。CEDとはコミュニティ・アンド・エンビロメント・ディベロッピング・システムの略である(55-1)」など「コミュニティと環境づくり(55-191-1)」を主眼としたもの、「緑に覆われたコミュニティプラザを目差して積極的に計画に取りくんだ(50)」など「緑豊かなコミュニティ○○(8-424-65057)」にまとめられた緑地空間の整備、「風土的なコミュニティ材料(52-2)」や「集落や町並みの美しさのひとつのエレメントは、地形の文脈に無理なく従いながら、同質の材料を様々に変化に富んだ使い方をしているところにあるのではないだろうか。変化に富んだ使い方それ自身は、古くからの伝統や、コミュニティの決まり、材料の持つ限界や性格によって定められてきたのだろう(60)」といった「材料の選定・マチエール(52-260)」に関するものや、「住環境の細やかなデザイン(2948)」について述べたものが見られた。「住環境の細やかなデザイン」においては「きめ細かなひとつひとつの小さな行為の積み重ねによって何気ない街角の風景や建物、1本1本の樹木に愛を注ぎ、自然への愛は隣人への愛となって住み良いコミュニティが形づくられていくことを念じました(29)」のように、その環境を人的な連帯と結びつけて語っている。また前述の「コミュニティと環境づくり(55-191-1)」においても、「都会に住む意義は究極的には生活の利便性、多様性、時間効率、文化の享受にある。引き替えに良質な自然環境とコミュニティが失われがちとなる。街区の設計に当たっては、これに歯止めをかけ、さらに再生を図るために、多様な場の創出と、人に優しいシンプルで知的な品位のあるデザインを心がけた(91-1)」のようにコミュニティと環境とが同時に語られ2つの差違が曖昧にされている。  住環境の質に対する認識的側面における主題としては、「このような地方都市の住宅地にも中高層のマンション建設は進行しつつある。ワンルームマンション等が生む既存のコミュニティに対する弊害はここで繰り返す必要はないと思うが、住環境は確実に変化している(77-1)」や「格子状に張り巡らされた区画街路や、なんら脈絡もないままに配置される学校や公園といった今日の一般的な住宅地開発の計画に見られるその生活空間の無性格さに、我々は大きな戸惑いを禁じ得ないし、その住宅地からは、魅力的な生活の臭いを嗅ぎとることは不可能に近い。こうした事態は、コミュニティ空間に対して全く配慮を欠いている結果としかいいようがないのである(24-3)」などの「住環境の貧困・悪化の認識(624-377-1)」が挙げられる。藤本昌也による76年から78年にかけての論説(論説番号2427)においては、住環境設計の一端をなすものとして、生活環境、空間の段階構成と融合と既存の住環境との調和といった主題を統合する「コミュニティ空間をいかに作るか」(24-124-427-1)といった主題や、「日本人のコミュニティ空間は広小路型(24-2)」といった認識に基づき、これらの主題への具体的かつ包括的な解決手段として「コミュニティストリートによるコミュニティ空間構成(24-524-727-227-33035-1)」といった主題が展開されており、この主題は現代計画研究所において80年まで継続する主題(3035-1)となっている。
 集合住宅周辺の道路に関した外部環境の認識に「コミュニティ」という言葉を用いたものとしては、「周辺街路としてコミュニティの名が冠された道路」があることを語るもの(8990-191-2101-1)、「周辺道路はコミュニティ路と言える」(37-161-1)が挙げられる。「コミュニティ道路をめぐる官と民の関係」(58-458-5)では住環境整備手法としてのコミュニティ道路(行政用語)の可能性を語っている。ここで(58-458-591-2101-1)における「コミュニティ道路」は行政用語としてのものである(これは歩車共存道路のひとつであるが、「コミュニティ」と歩車道の問題との対応は前述の「コミュニティストリート」や「歩車の分離・共存<15-334-2>」といった主題の中にも見ることができる)。  これらに対して、周辺環境を認識しながら「この状況下ではマイコミュニティを独自に確保」(65-1)すべきとするものや、「ひとつのコミュニティが形成される必然性に欠け別計画とした」(45)のように<周辺環境に鑑み空間を連続しない>とするものもあった。
 これらは認識または設計における操作において、【環境的視点】から集合住宅を位置づける主題としてまとめられる。
 また、「リゾートコミュニティ」の「敷地選定条件としてコミュニティ施設(15-2)」(ここでの「コミュニティ施設」はやや一般的でない意味内容で使われており、コミュニティプラントの内容をも含んでいる)を挙げているものや、延期された施設の「計画概要・経緯(13)」も周辺環境、外部要因の中で集合住宅を位置づけており、これに類する主題と考えられる。
 これらの主題は2章で検討した「コミュニティ」の語の意味との対応をみると(図3)、この枠組みに該当する7割の言説において「コミュニティ」が複合語の中で用いられた「空間の性格(▲)」としての意味によっているものがみられ、最も多くの言説がこれに該当した。

2-3集合住宅の構成的視点を示す主題
 <空間のまとまりや連続>や<空間の連続性・周辺地域の融合>など建築の規模や空間相互の関係を論ずる、集合住宅の【構成的視点】を示す主題としてまとめられるものが見いだされた。
 <空間のまとまりと連続>のなかで、「20戸から30戸単位のタウンハウス建設の場合、土地を総合的に考えることにより、およそ半分の土地が専用庭、コモンスペース、住区内道路に配分されひとつのコミュニティとしてのまとまりが可能になってきます(42)」など「20-30戸がコミュニティの規模(2042)」とするもの、「北大路高野住宅の全体戸数は120戸であり、京都のコミュニティ単位を形成する町内会、地域盆のスケールとおおむね合うので、団地全体で1カ所の集会所を設けた(37-3)」など「120戸のコミュニティ単位と施設」(14-337-3)のように「集合住宅の戸数規模(14-32037-342)」に関する主題は、集合住宅の設計に際して外在的な用件として決まってくる戸数規模に対する認識、対応を示したものであり、集合住宅に対する構成的視点のひとつと捉えられる。それと同時に集住のあり方といった内在的条件の認識とも連続する主題である。「団地という集落、もしくはコミュニティ編成の過程のなかで、棟別という単位ではなく、4戸のブロックごとの住戸単位として置きかえられている(21-1)」など「住戸群単位を構成(10-210-421-121-258-3)」することを示す主題や、「階段ごとに培われたコミュニティは、モールに降りてくることでより大きなコミュニティに変わり、その力が新地団地全体の住民や近隣の住民を引き寄せてゆく(78)」など「住戸単位の段階構成と市街地へ連続するコミュニティ(3178100-1)」は、住戸という単位を通して、人の単位の構成を重ねながら建築の単位の構成を記述する際に「コミュニティ」を用いたものということができる。「ピロティはより高次のコミュニティへの発展を促す」(10-6)というものや「コミュニティ・センターは敷地内の情報センターに当たるもので、より広域的に見れば他の敷地のコミュニティ・センターと一段上のレベルでネットワークを組んで相互に影響しあうことが意図されている(10-5)」など、「施設の広域的計画(10-310-511-3)」を示したものは、「コミュニティ」という領域を拡大する、集合住宅の構成的な主題となっている。これは「また新しくはじめた広島の基町再開発でも超高密度開発あるいは捨て開発という触媒概念を梃子にして、1万人の市街地のコミュニティをひとつの連結した空間に組み立て、PAUの統合を試みたいと思っている」など、「都市と建築とを結びつけ(48-311-1)」ることを意図した主題とも関連すると考えられる。
 また、「ふたつの弧が交差する要の位置に住区施設であるコミュニティセンターを置いた(88)」など「施設による空間構成(80-1889297)」を語ったものは「コミュニティ」により構成された空間の公共性を示している。
 以上は建築や領域の構成に「コミュニティ」を用いることにより、<空間のまとまりと連続>といった構成的主題に、人との関係や、公共性、地域・都市への広がりといった意味付けをしたものとして捉えることができる。
 <空間の連続性・周辺地域の融合>のなかには、「片面は路地に面しコミュニティを認識し、他面では広場や外部空間を見ることができる」など「住戸の開口部・視線の制御と外部との連続性(5-45683100-2)」に関するものや、「新しい住環境は各住戸の独立性(プライバシー)と連帯性(コミュニティ)とを同時に満足しなければならない。このため斜面は自然との対応関係を密接にし、視覚的統一によるスペースのコミュニケーションを容易にする。地形になじませるような建築物のレベルの設定は、自ずと集合形態に変化をもたらしアプローチの多様性、地域社会の全体像の把握を可能とする(5-1)」など「独立性と連帯性の両立(5-15-282-2)」に関する主題があり、空間の「独立性と連帯性(5-15-25-45682-283100-2)」に関する内容と言える。また、「外部との構成的関係(34-141-26984)」には、「既存の団地はとても落ちついた雰囲気で、ひとつのコミュニティを形成しながら周りの街並みとも連続感を持っていた。こうしたことから、この空間の連続感を大切にして、なおかつ住民の生活自体も時間的に継続できないかと思ったわけです(84)」など「周辺地域との関係のあり方(6984)」と、「隣接住区とのコミュニティ形成を意図して、住棟を低くした」(41-2)など「コミュニティ融合を意図した住棟形態・配置(34-141-2)」がある
。  以上に前述の「集住体の空間配列モデル(77-2103)」と「独立住宅と同質の空間構造を目指す(2638)」からなる「集合住宅の空間構造の形式(263877-2103)」とを合わせ、これらは集合住宅の【構成的視点】からの認識および空間形成を示す主題としてまとめられた。
 また<空間の連続性・地域社会の融合>には、より社会的な認識や連帯に重点を置いたものがあり、「敷地の中央に曼殊院道を通して、大原道と結びつけ、周辺のコミュニティを連帯しうるようにした(37)」など「道による空間の連続(37-294-2101-2)」を述べたものでは、外部空間の連続とともに、近隣の住民社会形成についても言及しており、「桜台ビレジにおけるいくつかの提案のうち最も重要なテーマは、プライバシーを確保しつついかにコミュニティ・都市に対する認識を付加するかと言うことであった(8-1)」など「地域・社会に対する人々の認識の向上(8-19-155-2)」や、「団地の中央に、周辺の地域の人々も利用できるコミュニティ広場や地域集会所を持つパブリックな性格の団地内道路を設け、全体を南北60戸ずつの大きなブロックに分けている(46-2)」など「施設・広場と道による地域の融合(46-25475-2)」を述べたものは住民社会の融合により視点が置かれていると言える。また「閉鎖的空間計画による疎外感と施設面のデメリット(12)」も、内容は曖昧ながらこれと同様の見解を示していると思われる。
 以上のまとまりは、「コミュニティ」を「空間的な意味(■、▲)」として用いている場合や、「空間的かつ人的・社会的(★)」な意味内容として用いている場合が多い。

 また、計画対象の水準において、[共用・公共施設の計画]は 【内在的条件の認識】、【環境的視点】、【構成的視点】の3つの枠組みを横断してみられた。

2-4システム・制度に関する主題
作品にまつわる言説の中で「グループ分譲住宅制度は良好なコミュニティを期待できる(36)」とする認識や、「コーポラティヴ゙方式(44-251)」や「たとえば、コミュニティ・リザーブ用地を確保しておき、基金もつくっておいて、要求が高まったときにはじめて施設をつくるようなやり方はできないか(90-2)」など「組織・制度の提案」(6480-290-2)といった【システム・制度】に関する主題としてまとめられるものがあった。この中には、「『モダンリビング』や『コミュニティ』というシミュラークルを求めて、コーポラティヴという手の込んだシミュレーションが展開されるのである(44-2)」といった幻想のシミュレーションとしてのコーポラティヴ方式という位置づけかたをしたものもみられる。

2-5「コミュニティ」主題をすることに批判的立場をとる言説
 資料とした言説の中には、「コミュニティ」を主題をすることに批判的立場をとる言説としてまとめられるものがあった。これらは、70年代に5、80年代に1、90年代に8言説みられ、建築を<「コミュニティ」とは別問題>と位置づけるもの、<コミュニティの強い共同性・閉鎖性を否定>するもの、<建築・空間に対する一面的意味付けを批判>するものの3つにまとめられた。
 <「コミュニティ」とは別問題>とするものには「中途半端に私有可能な空間を作ることはコミュニティ意識の醸成以上に雑然としたわがままで仮設的個人領域を作り出すことに荷担するだけである(96)など「コミュニティ意識・感覚とは別の空間(1896)」だとするもの、「共有認識が、場へのある種の帰属感(共同体(コミュニティ)意識とは異なる)を発生させるものとなる(81)」など「ある種の意識は生じさせるがコミュニティとは違う(288187)」とするものといった、集合住宅を「コミュニティ」という意味付けから峻別するものと、「今はまだコミュニティを語らず(32)」や「“建築”とは、“生活”に従属するものでもなく、また複雑な生活に対応できるものでもないと思うからである。“コミュニティ”も“建築”によってつくり出されるものでもなく、まったく別の問題と考えているからである(33)」といった「コミュニティと建築とは対応しない(3233)」とするものがある。
 <コミュニティの強い共同性・閉鎖性を否定>するものには、「コミュニティ設計不採用は尤も、悪しき合理主義だった(13-1)」とするものや、「閉鎖的コミュニティは終わった(44-17286)」するものがある。しかし後者については「排他的で求心的なコミュニティー形成を強要するのではなく、多様で選択的な人の触れ合いを誘発することだけが必要で十分なことである(72)」とするなどコミュニティを肯定する言説と変わらない内容のものもある。
 <建築・空間に対する一面的意味付けを批判>するものとしては、「場所を共有することにこそ価値がある、あるいは地域性のようなものにのみ価値があるという話になると、コミュニティに価値がある、さらには共同体に価値があるという話に一直線につながっていってしまう(79)」や、「都市のパブリックなスペースは、群集やコミュニティのためにだけ、その存在理由があるわけではない。その本質のひとつは人びとに都市における孤独性の享受を確証する場でもある。この様に様々なレベルにおけるパブリック的な空間とその意味性が重層的に現われるとき、われわれは都市空間の豊かさを獲得し得るのである(76)」および「このことと「集合住宅」の家族論、コミュニティ論というのがすれ違ってしまうもどかしさがある。基本的には消費構造への批判であるnLDKの見直し議論もその距離を詰めきれていないように思う。むしろ家族論、コミュニティ論とは別の還元力も、集合住宅にはおよんでいるといったほうがよいだろうか(95)」が挙げられる。これらは、「場所を共有すること」や「都市のパブリックなスペース」に対する一面的態度や、「集合住宅という括り」が引き起こす一面的な認識を批判するものであると言える。
 以上、これらは特に<場の形成の意図>など集合住宅の【内在的条件の認識】に基づく主題に対して峻別・批判するものであると捉えられる。

補 同一論説における「コミュニティ」に関する主題の広がり

 同一論説において「コミュニティ」によって、多くの主題を語る論説がいくつか見られた。ここではそれら論説を例示し、そこに見られる「コミュニティ」の持つ役割を論考する。
 これら多くの主題を語る論説について、そこで用いられている2章で検討した「コミュニティ」の意味内容の広がり、および主題の広がりを検討することにより、「コミュニティ」の持つ役割として大きく2つのあり方が示唆された。
 ひとつは前述のように、藤本昌也による、「コミュニティ空間」「コミュニティストリート」といった概念を提示して、多くの主題をその中に統合させるあり方である。
 もうひとつは空間的な意味内容を含む多様な意味内容において「コミュニティ」という語を用いて、主題を統合するものである。
 論説番号10「都市住宅の再構築」(菊竹清訓)では集合住宅に内在的な条件として「コミュニティ」を認識し、住民社会の理想像を示す一方(10-1)、「コミュニティ」を設計行為を前提とした空間的な意味として、集合住宅、特に施設と住戸の構成単位に「コミュニティ」を用いることにより(10-2~6)、建築の構成と住民社会の像を緊密に結びつけているといえる。論説番号14「パサディナハイツ 遠い都市住宅への道」でも同様な対応が見られ、さらに「コミュニティの立場」という表現を用いて、設計者における集合住宅設計の主題の一貫性、あるいは継続性を示している。  論説番号15「御殿山ミント」(トリアド建築設計事務所)では「コミュニティ」を多く空間的に用いながら、理想の社会および集合住宅または空間、敷地選定条件となる公益施設、集合住宅の敷地領域、広場に「コミュニティ」を用い、主題を統合している。
 以上のように、「コミュニティ」は多く空間的な意味内容として用いられて、集合住宅設計における主題を統合する役割をも担ってきたと考えられる。


第4章  結論:現代日本の集合住宅における「コミュニティ」

 ここまで、現代日本の集合住宅作品の言説において、集合住宅のもつ人の集合をつくることにより社会的な環境を形成するという性質とも関連して、一般には地域社会や共同体の意味をもつ「コミュニティ」という語が設計に際して多く用いられるキーワードとなっていることに注目し、集合住宅に関する論説のうち、具体的な設計行為を前提として著された論説の中から、「コミュニティ」という語が用いられている論説を対象に、「コミュニティ」の語の意味内容と、「コミュニティ」に関する言説の主題を検討してきた。
 第1章では集合住宅設計に際して「コミュニティ」という語が70年代から広く用いられるようになったことを確認した。
 第2章では「コミュニティ」の語の意味内容を比較検討し、大枠、空間的な意味内容と、人的・社会的な意味内容が見いだした。空間的な意味には、住戸群の構成単位や、領域、住環境など限定された「空間のまとまり」を指すものと、コミュニティスペースなどの複合語として使われるなど「空間の性格」を意味づけるものがあり、人的・社会的意味には、限定された「人の集合」そのものを指すものと、コミュニティの場、コミュニティ意識、コミュニティ活動など「集団の性格・相互作用」を含む意味のものがみられた。また、空間的な意味と人的・社会的な意味を同時に含む言葉として「コミュニティ」が使われる場合もみられた。このうち、「コミュニティ」を「空間の性格」および「集団の性格・相互作用」といった意味として用いた言説が多く、空間や人の集合を性格づける言葉として多く用いられていることがわかった。
 第3章では、「コミュニティ」が用いられている言説の主題を抽出し、それらを比較検討することから主題の枠組みを見いだし、前章の「コミュニティ」の意味内容との対応をみた。独立住宅と集合住宅の同質性を目指すものや、コミュニティを集合住宅の課題・評価軸とするものなど<集住・共同体のあり方>や、中庭をはじめとする共用空間に住民の連帯を意図するなど<場の形成の意図>は、集住することに着眼点をおいた集合住宅の【内在的条件の認識】に基づく主題であると言え、最も多くの言説が該当した。これらは主として「コミュニティ」の「集団の性格・相互作用」としての意味によっていた。それに対して、住環境の貧困・悪化の認識や、<住環境・緑地空間の整備・向上>、[道による空間構成]などは、集合住宅を【環境的視点】から位置づける主題であり、そこでは「コミュニティ」を複合語の中で用いた「空間の性格としての意味によっているものが多くみられた。また、独立性と連帯性、周辺地域との構成的関係といった<空間の連続性・周辺地域との融合>や、集合住宅の戸数規模、住戸群単位・段階構成など<空間のまとまりと連続>を主題としたものは、集合住宅の【構成的視点】を示す主題としてまとめられた。具体的な対象として[共用・公共施設の計画]をとおしてコミュニティに関する主題を述べたものは、以上の3つの枠組みを横断してみられた。その他、コーポラティヴ方式など【システム・制度】に関する主題がみられた。
 また、「コミュニティ」を集合住宅設計の主題とすることに批判的な立場をとる言説もみられ、特に70年代と90年代に集中している。それらは建築を<「コミュニティ」とは別問題>だとするもの、<コミュニティの強い共同性・閉鎖性を否定>するもの、「コミュニティ」による<建築・空間に対する一面的意味付けを批判>するものからなり、特に<場の形成の意図>など集合住宅の【内在的条件の認識】に基づく主題に対する批判であった。これは空間のまとまりを人のまとまりに直結させるのではなく、建築空間と人との関係を相対化する姿勢と考えられる。
 以上、現代日本の集合住宅作品の言説における「コミュニティ」について、語の意味内容と、語られた主題を比較検討することにより、集合住宅の設計に際して建築家が「コミュニティ」をどのように捉えてきたか、また建築とどのように対応させてきたかを見いだした。これらは集合住宅における、建築空間と人・社会との関わり、建築と周辺環境との関わりについての建築家の思考の一端を示すものと考える。

補 あとがき-集合住宅と「コミュニティ」に関する考察

 ここでは本研究で扱わなかった資料も交えて、集合住宅と「コミュニティ」の関係を若干考察する。
 本研究において最も初期の言説として取り上げられたものは1955年のものであるが、それ以前にも国内においてコミュニティということは集合住宅の問題となっていた。本研究の資料としては取り上げなかったが、建築批評としては、「新建築」誌上においても、1949年4月号の「戸山ハイツ批評座談会」において、「森田 今さんに聞いたのですが,ふつうの家でも生活が苦しいものだからちよつと店を出して飴を賣ったりしてしまいます.だからそうゆうものを向こうで禁じたとの事です.少くともコミュニテイを作つて行く場合にやつぱり店屋とか喫茶店とか,或る程度人が集まるようなものがほしい.これはもう少し計劃者のほうでミコニティ(原文のまま)のセンスがあればなんとかなつたんぢゃないかとゆう氣がする.」といった内容が見られた。しかし、設計の際の主題として論説に「コミュニティ」が盛んに用いられるようになるのはそれから20年程度経ってから、ということになる。
 また、地域計画における「コミュニティ」は「都市計画・建築計画の分野では、主として施設面から見た住宅地の組織化といった意味あいで用いられている(建築大辞典)」というように、施設と密接味に関連したものとなっている。本研究において、[共用・公共施設の計画]が【内在的条件の認識】、【環境的視点】、【構成的視点】の3つの枠組みを横断してみられたことから、集合住宅作品の言説においても、この施設の果たす役割として考えられた機能の範囲と軸をひとつとして、集合住宅と「コミュニティ」との関係が考えられてきたのではないかと思われる。
 また、「コミュニティづくりが難しい理由はいろいろ考えられる。たとえば、(1)日本ではコミュニティがもともと成立していないし,民主的土壌がまだ十分でないという意見もある。(14-2)」でみられるように、「コミュニティ」を単に地域社会・共同体というような一般的な意味ではなく、目標とすべきと考えられた多くの要素をその語に含めて述べた例が見られたが、これは、次に示すような、「コミュニティ」に対する考え方とも共通すると考えられる。国民生活審議会調査部会コミュニティ小委員会「コミュニティ・生活の場における人間性の回復(経済企画庁国民生活局1969年)」において、「われわれは今日におけるコミュニティ不毛の状態が、人間性を回復し、生活の豊かさを実現するための大きな障害となっている事実を真剣に憂慮せざるを得ない。そして否定と混迷のうちに未だ形をなしていないコミュニティについて、その必要性、機能および政策に関する思案を提出し、いささかたりとも認識の前進を図ることが、われわれの課題であると考える(12ページ)」、「人対人のつながりがきわめて微弱にしか存在しない社会における個人については、無拘束性の反面としての孤立感が深まり、個人の力では処理できない問題についての不満感や無力感が蓄積されることにもなろう。さらに今後においては、高度産業社会における緊張の多い非人間的な激しい競争と、ますます高まる技術革新にさらされる人々の人間性を回復する場に対する欲求は格段に大きなものとなるだろう。それは個人と家庭のみでは受けとめることができないのではないだろうか(9ページ)」「以上のような観点から、生活の場において、市民としての自主性と責任を自覚した個人および家庭を構成単位として、地域性と各種の共通目標をもった、開放的でしかも構成員相互に信頼感のある集団を、われわれはコミュニティと呼ぶことにしよう(9ページ)」という考え方であり、政策としてのコミュニティとして以後用いられてきた「コミュニティ」のあり方である。
 最後になるが、本研究において、集合住宅の範囲として寮や社宅としての用途のものも含めた理由は、ともに「集合住宅」として作品を位置付けながら、「コミュニティ」について語っている論説が見られた為である。寮である「世田谷ヴィレッジ 都市型中層ハウジング計画 ・世田谷ヴィレッジ・」(論説番号68)や、社宅として使われる「第二大地の建築 21世紀型コミュニティ構築に協働する集合住宅」(論説番号82)が、これにあたる(論説番号82では、巻末のデータ・シートの主要用途の欄にも「集合住宅-15家族のいえ」と表記されている)。また、「CPSハウジング 新しい家族形態を受容する集住体」(論説番号103)では、コハウジングの空間配列をモデル化し、抽出することで、集合住宅の一形式を探ろうとしている。これらは、ともに90年代のものであり、70年代に見られた、「単なる集合住宅でない建築・集住体」として「コミュニティ」を用いたもの(15-519-1)と同様に<集住・共同体のあり方>を論じながら、同時に「集合住宅」の枠組みを拡大することによって集合住宅の可能性を示そうとする姿勢と考えられる。一方、「コミュニティ論」とからめて、「集合住宅」という計画学上の括りの有効性を疑う言説「ハスネ・ワールド・アパートメント アパートメントの文脈から」(論説番号95)もみられ、集合住宅と「コミュニティ」との関係を見る限りにおいて、近年において、「集合住宅」という建築のカテゴリーは、「コミュニティ」を主題とする側からも、これを批判する側からも、その枠組みを解体する方向に働きかけがなされているように思われる。